平成30年度科研費研究成果

平成28-31年度まで、以下の科学研究費助成研究を行っております。

「新医師臨床研修制度は医師分布を改善したか-人口地理指標・診療科・施設からの分析-」

基盤C

研究代表者 井上和男

分担研究者 鹿嶋小緒里、松本正俊

(他協力者 安藤崇仁、木村一紀)

 

なお、この研究において、研究範囲を広げて歯科医、薬剤師についても分析しています。後者は、帝京大学薬学部安藤崇仁講師も科研費助成を受けて、共同で行っています。ここでは、これまでに分析した図表を中心に、成果の経過報告を提示します。

 

医師・歯科医師・薬剤師の地理的分布の変遷

 Table 1(右)は、1994年、2004年および2014年の3時点における医師、歯科医師、薬剤師数の変遷です。

 増加の程度は歯科医師、医師、薬剤師の順で大きくなり、20年間で概ね歯科医師は2割、医師は3割、そして薬剤師は5割増加しています。

 一般に医療職はその養成に多額の費用が掛かり、国の補助金も他学部に比して大です。したがってこれら3職種に限りませんが、免許制度による専門職の教育と養成をどのようにするかは医療政策上重要な課題です。

 また、ここまでのところ目覚ましい増加を示してきた3師の数ですが、これからは「適正な3師数と配置」がより検討されることになるでしょう。

 

 

医師分布の推移(3時点、X軸を人口及び距離にとったLorenz曲線)

図は3時点での、X軸に小人口市町村から人口累積順に、Y軸を累積医師数(医療従事医師)としたLorenz曲線です。1994年から2004年にかけて、Gini係数は低下しており、人口でみた医師分布は改善しています。しかし、2004年から2014年にかけては軽度ながら再び上昇しており、分布は医師数増加にもかかわらずわずかながら悪化していることが推測できます。(なお3時点の市町村数は合併により著しく減少しており、全て最新の2014年に合わせて調整しました。以降に述べる歯科医師、薬剤師も同様です)

図は3時点での、X軸に市町村役場から当道府県庁所在地までの距離順に、Y軸を累積医師数(医療従事医師)としたLorenz曲線です。人口と同じように、1994年から2004年にかけて、Gini係数は低下しており、距離でみた医師分布は改善しています。しかし、2004年から2014年にかけては軽度ながら再び上昇しており、距離で見た医師分布は医師数増加にもかかわらずわずかながら悪化していることが推測できます。(なお3時点の市町村数は合併により著しく減少しており、全て最新の2014年に合わせて調整しました。以降に述べる歯科医師、薬剤師も同様です)

歯科医師分布の推移(3時点、X軸を人口及び距離にとったLorenz曲線)

図は、3時点での、X軸に小人口市町村から人口累積順に、Y軸を累積歯科医師数(医療従事歯科医師)としたLorenz曲線です。医師とは違い1994年から2004年、そして2004年から2014年にかけて、連続的にGini係数は低下しており、人口でみた歯科医師分布は改善しています。これは豊川らの先行研究と合致しています。

 

これは、これまでの歯科医師増加政策により、人口で見た歯科医師分布は改善してきていることを示唆しています。しかし一方で、歯科医師過剰の恐れが指摘されています。それを見越してか、現在歯学部の定員割れ問題が起きており、歯学部の統廃合も議論されています。一般的な実感としても、「コンビニより多い歯科」というのは率直なところでしょう(下記、YouTube動画参照)。

 

米国の経済学者、Newhouseらの唱えた医師分布に関するLocation theoryは、「医師数が少ないときは小人口地域には医師がいないが、医師の増加によって既に医師がいる地域は競合が起こるのでそれを避けて小人口地域で新しい医師は診療する。よって最終的には医師分布は均等になる」というものでした。しかし、歯科医師分布は改善してきているものの、そのような均等分布にはいまだ至っていません。一方で、歯科の経営困難や過当競争は問題化してきています。よってさらにコストをかけて歯科医師の増加を続けることは不適切です。また、Location theoryが見ているのは経済地理学的な一面であり、(歯科)医師分布に影響を及ぼすであろう他多くの因子を考慮していません。

図は、3時点でのX軸に市町村役場から当道府県庁所在地までの距離順に、Y軸を累積医師数(医療従事医師)としたLorenz曲線です。人口と同じように、1994年から2004年、そして2004年から2014年にかけて、連続的にGini係数は低下しており、距離でみた歯科医師分布は改善しています。

人口での分析でも記載しましたが、このまま歯科医師の増加を続ければ、図にあるように数量的な分布は改善するかもしれません。しかしながら、費やしたコストに見合うものかどうかは疑問です。

人口が少ない最僻遠の地域で、歯科へのアクセスに住民が困難を持つ場合において公的な施策がとられれば、歯科医師数は漸減で良いのかもしれません。

薬剤師分布の推移

薬剤師分布については、帝京大学薬学部 安藤崇仁講師が主に分析をしています。以下に平成29年度日本薬学会および平成30年度日本医療薬学会の発表要旨を記載します。

平成29年度日本薬学会

 

地域の人口特性および薬剤師分布は医療用医薬品売上に影響するか[井上 和男1] -Lorentz曲線を用いた医療経済学的分析-

 

安藤崇仁1)、井上和男2)

1)帝京大学薬学部、2)帝京大学ちば総合医療センター

 

【目的】

国民医療費は増加しつづけており、平成28年度の総医療費は41.3兆円に上っている。また高齢化も進行しており、厚生労働省は2025年には65歳人口が30%を超えると試算している。このような背景のもと、薬剤師には薬剤費の適正化と患者サービスの充実の両立が求められている。本研究では、薬剤費に影響をあたえる地域的・医療的特性を明らかとするべく、医療用医薬品売上額を指標として分析した。

【方法】

医療用医薬品売上額は、最新の商業統計調査である平成26年商業統計データ用い、市および郡における、人口あたりの医療用医薬品売上額の偏在について評価を行った。人口については、商業統計調査時点に最も近い平成27年国勢調査データを用いた。医師数および薬剤師数は、平成26年医師調査および薬剤師調査を用い、薬剤師については薬剤師全体および勤務施設(薬局、病院・診療所)ごとに抽出した。いずれのデータも、政府統計の総合窓口であるe-Statから入手した。医療用医薬品売上偏在の様相は、Lorenz曲線およびGini係数により評価した。

【結果】

人口あたりの売上額の少ない順に市郡をならべたGini係数は0.178であった。年齢別人口構成割合による分析では、高齢者割合が大きいほどGini係数は増加しており、高齢者割合が大きい市郡ほど医療用医薬品の小売額が増加していた。一方、人口あたりの薬剤師数および医師数による分析では、Gini係数はそれぞれ0.084、0.083と少なく、医療用医薬品の売上額に対する影響は少なかった。

【考察・結論】

医療用医薬品の売上は高齢者割合に影響を受けるが、薬剤師の地域分布の影響は少ない。小人口で高齢者の多い医療過疎地においても医薬品の利用は低下しておらず、これには我が国の医療制度(国民皆保険など)の寄与が考えられる。こうした薬剤師が不足する地域での、服薬指導や在宅訪問サービスなどの充実が望まれる。

 

日本薬学会 (平成30年3月25~28日)

 

日本における薬剤師の地域偏在18年間(1996~2014年)の動向

 

安藤崇仁1)、井上和男2)

1)帝京大学薬学部、2)帝京大学ちば総合医療センター

 

【目的】

本研究では、規制緩和による薬学部新設や薬学教育の4年制から6年制への転換期を含む18年間(1996年~2014年)における薬剤師の地域分布の動向を人口的および地理的指標により分析したので報告する。

【方法】

1996年、2004年および2014年の3時点における薬剤師の市町村分布について評価を行った。対象時点における各市町村の薬剤師数は2年毎の薬剤師調査を用い、薬剤師全体および勤務施設(薬局、病院・診療所)毎に抽出した。薬剤師分布の偏在の様相は、Lorentz曲線およびGini係数により評価した。薬剤師分布の指標として薬剤師数対人口比を算出した。また、各市町村の役場・市役所所在地から都道府県庁所在地までの交通距離を、へき地性を示す地理的指標として用いた。市町村合併については合併後の2014年時点の市町村として遡及して処理した。

【結果】

3時点での薬剤師総数は1996年で194300人、2004年で241369人、2014年で288142人であり、1996年を基準とすると2004年で24.2%、2014年で48.3%増加していた。この増加は薬局薬剤師ではより顕著であり、2004年で66.5%、2014年で130.7%増加していた。一方、病院薬剤師では、2004年に1.82%減少、2014年では12.0%増加であった。各指標から求めたGini係数は、薬剤師全体、勤務施設毎のいずれも若干増加しており、地域偏在が持続かつ若干悪化していた。3時点における変動では、人口が多い地域や極端に少ない地域では少なく、中間層において相対的に大きな増加が認められた。

【考察】

日本では国民皆保険制度により、地域の区別なく同等に医療サービスを受けることが可能であるがそのためには医療資源へのアクセスが確保されていることが必要である。しかし、本研究において薬剤師の地域偏在が持続しており、提供する医療サービスに地域格差があることがわかった。

また本研究の結果から、都市部における薬剤師数は飽和状態となりつつあると考えられる。また、中間層地域において薬剤師数の増加は著明であった。しかし、へき地においては薬剤師の流入が少なく相対的不足にあり、具体的な薬剤師へき地医療政策が必要であると考える。