Gerontology論文 Figure 1
Gerontology論文 Figure 1

バックグラウンドストーリー

 

まず、この研究に至った経緯を書きます。私(井上和男)が最初に赴任した高知県大川村では、当時としては画期的なことですが、診療所で全村民健康診断が行われていました。健康診断に携わると例えば、元気そうに見える人々の中から精密検査を要する人を探すという、医療施設に何らかの健康問題を持って訪れる人々とはまた違う視点が必要になります。なんでもかんでも単に異常値だから、詳しく調べよというわけにはいかないのです。

健診の中で、胸部X線写真を撮影し、所見を読むというのがありました。その中で心胸郭比を計測し、50%以上は心拡大とするということになっていました。無論以前の医師もそうでしたが、「単に」50%以上だからといって離れた後方病院で心エコーをするとはしていませんでした。そして私が健診をしている間に、次のような疑問が湧き上がりました。

 

「高齢の人はわりあいに、健康そうでも心胸郭比が50%以上の人が多いなあ」

               ↓

「もしそれが加齢という生理的な変化なら、自信を持って精密検査は不要といえるなあ」

               ↓

「診療所で何年もやっている胸部X線写真が残っているぞ!」

それが以下の論文となりました。

Inoue K, Yoshii K, Ito H. Effect of aging on cardiothoracic ratio in women: a longitudinal study. Gerontology 1999;45:53-8.

要旨(論文No 4):女性の心胸郭比CTRは加齢に伴い、心横径CD増加と胸郭横径TD減少により増加する。肺縦高LHはCTRに影響しうる別因子である。LHが変化している場合にはCTRの過大評価に注意を要する。CTR50%以下という従来の一律的基準は、正常加齢変化を異常と間違う可能性があり適用されるべきでない。

 

 

Gerontology論文 Figure 3
Gerontology論文 Figure 3

約100名の女性を3群に分けて、年代別に心胸郭比(CTR)とその9年間の比較をしました。黒丸は平均値で、50歳以降ですと平均でも50%付近にあり、上の年代ではさらに増加しています。

この研究から

それではこの研究から何が言えるでしょうか。

 

研究の種類としては、ある時点と、それから後のデータ(胸部X線写真所見)を結合するRecord-linkage studyだったと思います。過去に行われた健診結果を再度読み返し、データとしました。

幸い110名女性のデータが得られたので年齢別に分け、そして経年変化を追いました。CTRの計測は、出張診療所の看護師に時間のあるときにお願いしました。ですので、研究費はほとんどかかっていません。

 

1. 研究疑問を現場の状況で実現可能なように擦り合わせ、実施可能なデザインを選ぶ

2. 現場で協力者を得る

3. すでになされたこと、つまり「過去」を味方につける

4. 1-3から、お金のかからないThrifty researchを実行する

この研究以降

*診療所で胸部X線の説明が変化した

「あなたの心臓の大きさは、心胸郭比というもので測って50%以上で、心臓がおおきいってことになる。だけど、あなたの年代ではそれは生理的なものみたいだし、他に気にするところもないから、大丈夫と思います」

 

この論文は英文としては初期の作品です。嬉しかったことは海外の医師から、「患者(実は母親)が胸部X線写真で心胸郭比が大きくて心配していた。あなたの論文を読んでよくわかって安心した、ありがとう」とメールをもらったことです。

 

それから、これは典型的なお金のかからないThrifty Researchでもあります。協力してくれる看護師に、「あいた時間でいいから過去の胸部X線写真から名前の台帳を作って」と頼み、規定の計測方法を学んでもらいました。自分自身も、診療所の診療時間後に作業しました。

 

「診療に発し、患者に返せるのがPBRである」

引用している論文

この和文論文も、読むともしかしたら英文論文になったかもしれません。まとめに、「若年者においては心拡大の報告がなく比較ができなかった」とあります。もしそうなら、これが初めての信頼できる頻度の報告になったかもしれないという点で。