論文例紹介(説明付)~2007
ここではこれまでの研究論文のなかから、いくつかピックアップしています。
1. Inoue K, Sawada T, Suge H, Nao Y, Igarashi M. Spouse concordance of obesity, blood Pressures and serum risk factors for atherosclerosis. Journal of Human Hypertension 1996,10: 455-459.
動脈硬化性疾患のリスクファクターについて、多くの研究で遺伝因子の影響が調べられている。しかし、環境因子の影響を調べたものは少ない。そこで、逆に環境は共有するが遺伝的共通性を持たないカップル、つまり血族結婚でない夫婦でそうしたリスクファクターの相関を調べた。その結果、結婚期間に応じて関連が増えるリスクファクターと、結婚初期にむしろ関連が見られるリスクファクターなどに分類され、環境因子の影響がリスクファクター間で相違していることが明らかとなった。筆頭著者として、研究の主体実施および論文執筆を担当した)
2. Inoue K, Nago N, Matsuo H, Goto T, Miyamoto T, Saegusa T, Ishikawa S, Kario K, Nakamura Y, Igarashi M. Serum insulin and lipoprotein(a) concentrations: the Jichi Medical Cohort Study. Diabetes Care 1997:20, 1242-7.
糖尿病では、心筋梗塞など心血管疾患のリスクが増加することは周知の事実であるが、その詳細なメカニズムを巡って今尚多くの研究がなされてきている。一方、心血管疾患の新しいリスクファクターとしてLipoprotein(a)が注目されており、その血清中の値が糖尿病で上昇し、結果として糖尿病での心血管疾患のリスク増加に関与しているという仮説が提唱されていた。本論文は血清中のLipoprotein(a)値と、血糖値、インスリン値の関係をその他のリスクファクターを調整して解析し、糖尿病とLipoprotein(a)の関連について否定的な結論を下したものである。筆頭著者として、データの解析および論文執筆を担当した)
3. Inoue K, Hirayama Y, Igarashi M. A medical school for rural areas. Medical Education 1997:31, 430-34.
本論文はへき地医療のために設立された自治医科大学についてその独自性とへき地医療への貢献を論じたものである。調査結果によると、1995年度までに1期から18期の1871名が卒業した。その中で1434名(77%)が、初期研修を終えて勤務している。792名(42%)が都道府県知事に任命されてへき地に勤務しており、この数は年々増加していた。よって、学生への経済的援助とその貸与金返還免除制度や出身都道府県ごとの採用と卒業時の勤務などの自治医科大学の独自の教育システムが、へき地の医師不足に対する方策となりうることを示した。(筆頭著者として、国内外の資料・データの収集および論文執筆を担当した)(関連研究として追跡調査を行った論文あり、第9論文)
4. Inoue K, Yoshii K, Ito H. Effect of aging on cardiothoracic ratio in women: a longitudinal study. Gerontology
1999;45:53-58.
背景:女性において胸部X線上の心胸郭比とその関連因子に対する加齢の影響についてはいまだ明確になっていない。特に縦断的な研究はわずかである。目的:女性において、心胸郭比に対する加齢の影響の有無を検討する。方法:対象は日本の山村で1981年と1990年の総合健診に参加し、いずれの年も胸部X線検査を受けた110名の女性である。そのX線写真から胸郭内径(TD)、心横径(CD)、肺垂直高(LH)を計測し、心胸郭比(CTR)を算出した。我々は対象を年齢別に3群に分け分析した。結果:1981年の横断的解析では、平均CDおよびCTRは高年齢群で増加、TDは減少した。胸部X線上の心拡大(CTR>50%)は高年齢群で著明に増加した。1981年と1990年の縦断的解析では、平均CDとTDは有意に増加および減少した。平均CTRは2.0%増加した。(95% CI;1.2-2.8%) 9年間のCTR変化は、CD変化と陽性相関、TDおよびLH変化と陰性相関していた。LHを除き、縦断的解析は横断的解析とほぼ一致していた。結論:女性のCTRは加齢に伴い、CD増加とTD減少により増加する。LHはCTRに影響しうる別因子である。LHが変化している場合にはCTRの過大評価に注意を要する。CTR50%以下という従来の一律的基準は、(今回の計測方法では)正常加齢変化を異常と間違う可能性があり適用されるべきでない。(筆頭著者としてデータを収集・解析し論文を執筆した)
→縦断的研究として掲載、なお初めてのIM Mentorが文科省科学研究費助成をうけたものでもあります(萌芽的研究)。
5. Inoue K, Matoba S. Counterattack of re-emerging tuberculosis after 38 years. International Journal against Tuberculosis
and Lung Diseases 2001; 5:873-875.
かつて結核は亡国病と恐れられていたが、患者数の減少とともに「過去の病気」と思われていた。しかし、1997年に新登録患者数が42,715人となり、再び増加に転じた。そこで本論文では、なぜ増加に転じたか、日本での結核に関する問題点を論じ、再興感染症としての結核の重要性について述べた。(筆頭著者として資料を収集し論文執筆した)
6. Inoue K, Kobayashi Y, Hanamura H, Toyokawa S. Association of periodontitis with increased white blood cell count and blood pressure. Blood Pressure 2005; 14: 53-58.
本論文は、歯周炎と血圧との関連を調べたものである。我々は対象者の平均血圧を歯科検診時と1年後の追跡時の双方で、歯周炎群と非歯周炎群で比較した。収縮期血圧は歯周炎群が非歯周炎群よりもベースラインの2002年健診時、 および1年後の追跡時で高かった。また拡張期血圧でも、歯周炎群が非歯周炎群よりもベースラインの2002年健診時および1年後の追跡時でも高かった. これらの結果は、血圧と歯周炎に影響を及ぼすと考えられる因子で調節しても同じ傾向であった。したがって、歯周炎が血圧上昇と有意に関連していることを示した。先行研究で、歯周炎の原因菌が血管内に侵入し、動脈硬化の原因となる可能性が指摘されている。動脈硬化性変化は心血管疾患(高血圧、虚血性心疾患、脳血管障害など)の原因となるので、本研究は歯周炎と心血管疾患の、慢性炎症を基礎とする関連を示唆した点で意義を有する。(筆頭著者としてデータ収集・解析を行い論文執筆した)
→横断的研究として掲載
7. Inoue K, Shono T, Matsumoto M. Absence of outdoor activity and mortality risk in older adults living at home. Journal of
Aging and Physical Activity 2006; 14: 203-211.
本論文は、地域在住高齢者において戸外での活動性低下が死亡リスク増加と関連しているかを検討した前向き研究である。1995年に高知県十和村で65歳以上であった高齢者863名について、5年間追跡調査した。その結果、3つのタイプの戸外活動性低下のいずれもが、追跡期間内の死亡と有意に関連しており、この結果は年齢、性別、あるいはより基本的な日常生活動作などで調整しても同様であった。したがって、戸外活動性を評価することは死亡リスクの高い高齢者を同定する上で有用と結論づけた。(筆頭著者として、データの収集・統計処理および論文執筆を担当した)(関連研究として、地域在住高齢者においてBody Mass Index(BMI)と死亡との関連を検討した論文あり、Inoue K et al. Aging Clinical and Experimental Research 2006; 18: 205-210.)
→コホート研究として掲載
8. Inoue K. Venous thromboembolism in earthquake victims. Disaster Management and Response 2006; 4: 25-27.
2004年10月に新潟県中越地方を襲った地震から避難した後に、肺塞栓による突然死の症例が発生した。これまでに、肺塞栓或いはその原因である深部静脈血栓症と自然災害の関係についての報告はない。また、家の倒壊から自家用車の中に避難していた住民の中から、複数の肺塞栓の症例が発生していた。本論文では、車中泊が深部静脈血栓のリスクであると認識されるべきであること、そして適切な予防手段(避難施設や仮設住宅、弾性ストッキングの使用など)について論じた。(単著者として論文を執筆した)
9. Inoue K, Matsumoto M, Sawada T. Evaluation of a medical school for rural doctors. Journal of Rural Health 2007; 23: 183-187.
本論文は医師調査と各市町村の人口、地理学的指標を合致させて、(1)全国の医師分布を調査し、(2)活用の具体的事例としてへき地医療を目的として設立された自治医科大学の評価を行ったものである。その結果、(1)医師は小人口、僻遠、山間市町村に不足している、(2)自治医科大学卒業医師は他大学卒業医師に比べて、より多くそうした医師不足市町村に勤務していた。結果として、へき地医療のために設立された医学部、自治医科大学についてその独自性とへき地医療への貢献を検証した。また同時に、医師供給政策を論じる上で、医師偏在の客観的資料は有用であることを示した。(筆頭著者としてデータ処理・解析に関わり論文執筆した)
10. Inoue K, Matsumoto M, Kobayashi Y. The combination of fasting plasma glucose and glycosylated hemoglobin predicts type 2 diabetes in Japanese workers. Diabetes Research and Clinical Practice 2007; 77: 451-458.
糖尿病の発症予測における空腹時血糖とHbA1cの組み合わせの有用性はいくつかの先行研究で報告されているが、いずれも高リスク群を対象にしていた。本論文はより一般人口に近い労働者集団についてこの有用性を調べたものである。1995年と2002年の両方において、ある事業所に勤務していた従業員449名について基本健診のデータをもとに、1995年をベースラインとして調査を行った。ベースライン時、従業員は空腹時血糖値によって3群(low-normal fasting glucose, high-normal fasting glucose, impaired fasting glucose)、そしてHbA1c値によって2群(low HbA1c(<5.8%), high HbA1c (>=5.8%)に分類された。その結果、追跡期間中あるいは2002年に17名(3.8%)が糖尿病と診断され、空腹時血糖とHbA1cのいずれにおいても高値群において罹患率が高かった(各グループでの罹患率は0.6% (2/339) in those with low NFG/low HbA1c; 0% (0/24) with low NFG/low HbA1c; 6.4% (3/47) with high NFG/low HbA1c; 23.1% (3/13) with high NFG/high HbA1c; 17.6% (3/17) with IFG/low HbA1c; and 66.7% (9/17) with IFG/high HbA1c)。多変量解析においても、空腹時血糖とHbA1cはいずれも有意な予測因子であった。空腹時血糖とHbA1c値の組み合わせは、リスクの明らかでない集団においても、糖尿病の発症を予測する。(筆頭著者としてデータ処理・解析を行い論文執筆した)(なお、本論文の仮説について、現在より大集団で空腹時血糖とHbA1cのカットオフ値を下げた研究が進行中である→Diabetic Medicineに掲載)