研究者に必要な資質とはなにか

•論理的思考能力?
•広範な知識?
•論文作成能力?
•研究チームを組織・運営する能力?
•Any others? いろいろあるが,,,,
•一番大事なのは?
知の円状構造を理解して………
•これまでわかっていること
–What is already known.
•課題と認識されてわかってないこと
–What is yet unknown and to be examined.
•これらを明確に、かつわかりやすく人々に提示できる能力
•and 実現可能な研究を提案する能力
知の円状構造とは
右上の図を拡大して、説明を聞いてください。
Voice.mp3
MP3 オーディオファイル 6.5 MB

若手研究者に必要なことは何か

徹夜を続けた自治医大教員時代
徹夜を続けた自治医大教員時代

 

•へこたれないこと
•楽観的なこと・笑うこと
•好奇心・興味を持ち続けること
•ですが、一番大事なのは.....
良い指導者を見つけること!!!
  はっきり言って海外のものを含めて肩書は全くあてになりません。タイトルもですが、例えば「有名雑誌のEditorをしている」というのも同じです。推奨できるのは、「本人が英文筆頭論文を数多く書いていること、できれば単著もあるといい」です。誰しも、自分が本当にしてきたことでなければ、教えられませんから。短い論文でも(レターなど)、単著があるということは、その研究を単独で完結して作ったということを意味しています。なお、研究者が英会話が流暢なのと、英文論文の業績があるのも直接関係はありません。うまく話せなくても、良い英文論文は書けますし、できるだけ世界の人々に読んでもらうべきです。ですので、和文論文もいいですが英文にチャレンジしましょう。
なお、「大学院などで研究指導しています」ということなら、その講座は、業績を開示すべきです。していないところは(はっきり言って)、信用できません。
写真の説明:自治医科大学記念棟7階で、何度も一人で徹夜しました。PBRなので研究が楽しかったからです。初めての英文論文は、大学を辞して後、十和村で受理されました。
Note:「研究者の資質」について、Responseがありました。

若手研究者の例(松本正俊広島大学准教授)

松本正俊先生は、自治医科大学地域医療学のシニアレジデントだったころ、「研究を指導してください!」と言って私の勤務する高知県の四万十川中流に面する十和村(現在しまんと町)に私(井上和男)を訪ねてきました。私は、十和村の前は地域医療学の教員(講師)をしていたのですが、再び野心(のごころ)が出て、慰留されましたけど地域に帰った次第です。海外留学と、母校に教員として戻ったことで、現場での研究(PBR)をやる自信と確信ができました。今にして思えば、あの頃が一番アグレッシブだったかもしれません。

そのことは今よりIT環境も未熟でしたが、メールで研究指導を始めました。その頃のことは松本先生が広島県のふるさと通信に掲載しています(面白い!)。最初は私の研究に入って実地で学び、数年たつと彼自身が筆頭で論文を書くようになりました。今では彼は母校で、実績のある准教授として評価され、Social Science and Medicineに筆頭で、Lancetに共著で名前を連ねています。彼は私の一番弟子と言えます。

本人のやる気があり、(いささか手前味噌ですが)指導がきちんとして行けば伸びる人は伸びます。これはとてもわくわくすることです。松本先生は今、かつての私のように若手研究者を指導しています。これが人材の拡大再生産で、地域医療(学)の発展には欠かせません。

松本先生へ(土佐弁で)→ふるさと通信読んでください

「おまさんも、あてんくへ来たときにゃあ、若いしやったねや。けんど、14年はへんしも早いぜよ。おまさんもあても、これからじゃきにね」(君も僕のところへ来た時は若手だったね。だけど14年はとっても早い。君も僕もこれからだね」

 

若手研究者へ

・「あなたがすること」

あなたがすることは業績を積んでそれを自慢する事ではない。

言いたいことを正確に、明瞭に伝えて読者と、それにつながる人々に利益と幸せをもたらすことである。それが研究者の本当の役割であり、歓びとなる。

 

・「最初はだれでも」

最初はだれでも初心者である、最初からうまくいくはずがない。

(下のファイルを見てください)

想いを持ち続け、行動していればやがて花は開く。

「人は皆人は皆、それぞれの花 心に宿す」(花 森山直太朗

 

最初の研究報告書
Inoue Methods作成者の最初の研究助成報告書です。医学部卒業9年後、はっきり言って稚拙、下手、未熟です。海外留学から帰国し、当初は家庭医学、プライマリ・ケアの教育手法を学ぶだけのつもりが、研究に対しても強く動機づけられました。当時70万円かけて買ったMacintosh SE/30を使い、寝るのも忘れてデータをStat Viewで解析していました。あの頃の自分は、今だ奥深く生き続けています。
1991大川村村民検診.pdf
Adobe Acrobat ドキュメント 995.5 KB